「囲碁が嫌いな子」洪清泉ストーリー③

囲碁が嫌いな子」私は小さい時に本当に囲碁が嫌いでした。しかしある出会いときっかけで囲碁が好きになり今の私、そして「洪道場」があると思っています。毎週2~3ずつゆっくりいろんな棋士のストーリーを紹介します。

(メイン画面は小6頃の院生ABクラス合同合宿の写真です。真ん中の小さい子が李世ドル九段です)

 小4の頃、韓国棋院院生になりました。全国優勝で天狗になっていた私ですが、院生には、韓国の天才達がたくさんいました。その時の院生師範の先生から「お前くらいの棋力を持つ人は韓国に山ほどいる」と言われました。子どもながらに腹が立ったのを覚えています。でもその言葉を見返してやろうと頑張れたので、今は感謝しています。

 院生には本当に、天才がたくさんいました。睦鎮碩九段、李世ドル九段、趙漢乗九段、元晟湊九段、崔哲瀚九段など、先輩・後輩関わらず隙がありませんでした。一局勝つだけでも大変な労力が必要でした。そんな中で当時は、勝ちたい一心でハメ手や即効性がある手ばかり打っていました。後輩に負けでもしたら、父にきつく怒られました。前に当時の棋譜をまとめていたら、その中から私が書いた遺書が出てきました(笑)。そうですね。今でこそ笑い話ですが、当時の私には囲碁が苦痛だったのです。

 当時の院生でプロ棋士になれなかったのは、私と世界アマチャンピオンの河成奉氏だけです。二人共、貧しい環境でとても苦労して勉強していた同士です。歳も同じで親しい友でもあるし、囲碁では光と闇のようなライバル関係です(笑)。スタイルも河氏が正統派で私は変則派、よく対立していました。二人共貧しくて、月謝を払うことができず道場には通えませんでした。私は、運よく後援者がいて2年ほど通えましたが、河氏は本当の独学で強くなりました。

つづく。。


洪道場総師範
洪 マルグンセム

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